2020年8月16日 主日礼拝

「教会の存在意義」

川崎 公平

テサロニケの信徒への手紙 一 第1章1-10節

 

■主の日の礼拝のために、テサロニケの信徒への手紙Ⅰを今月から読み始めています。この手紙は、新約聖書の中で最も古い文書であり、それはまたつまり、伝道者パウロの書いた最初の手紙であるということにもなります。パウロという人は、たびたび教会に宛てて手紙を書きましたが、それが二千年の時を越えて、〈新約聖書〉などと呼ばれて、世界中の人に読まれるようになるなどとは、パウロ自身はまったく予測していなかったと思います。もともとは、たいへん具体的な状況の中で、また個人的な関係の中で交わされた〈手紙〉として書かれた文章です。それがしかし、二千年の時を越えて、私どもの命を生かす言葉としてこの手紙が読まれ、聞かれ、説教されているということは、それこそ神の奇跡と言わなければならないと思います。
 前回の説教でもお話ししたことですが、テサロニケという大きな町に、小さな教会が生まれた。それは、この手紙を書いたパウロ、またその同伴者のシルワノの伝道の実りでありました。パウロたちは、このテサロニケでの伝道において、ある手ごたえを感じたようです。それは、この手紙の言葉の端々からもよく分かります。けれどもパウロたちは、テサロニケに長く滞在することが許されませんでした。その町のユダヤ人たちがパウロたちの伝道の成果を妬んで、たいへんな騒動を起こし、パウロたちをかくまっていた教会員の自宅が襲われるようなことまで起こって、遂にパウロたちは夜逃げをしなければならなくなりました。ところがテサロニケのユダヤ人たちは、パウロたちの逃れた隣町まで追いかけてきて、それでパウロたちは、さらにアテネ、コリントと旅を続けることになりました。
 テサロニケの信徒への手紙一という、パウロの最初の手紙は、そのようにパウロたちが逃れ着いたコリントという町に滞在している間に書かれたと言われます。古代のことですから、何年何月に、というようなことを正確に確かめることは難しいのですが、パウロたちがテサロニケを追い出されてから、もしかしたら数か月という時に、この手紙が書き送られたと考えることができます。このあたりのことは、ぜひ皆さんにも想像力を働かせていただきたいと思いますが、まだわずか数か月前のことです。パウロたちがテサロニケの町にやって来たこと、そこでキリストの福音を語ってくれたこと、けれどもすぐに町から追い出されてしまったこと、テサロニケの教会の人たちにとっても、すべてが記憶に新しいのであります。パウロたちにとっても、あれほどの騒動が起こったあの町に、生まれたばかりの教会が、専任の牧師もいないままに生きている。パウロが自分の手で洗礼を授けた教会員の顔と名前を思い起こしながら、いても立ってもいられない思いで書いたのが、この手紙なのです。第3章6節以下には、こういう言葉があります。パウロはテサロニケの教会のことを心配して、弟分の伝道者テモテを遣わし、テサロニケの教会の様子を聞きます。そのテモテの報告を受けて、このように書くのです。第3章6節以下。

 ところで、テモテがそちらからわたしたちのもとに今帰って来て、あなたがたの信仰と愛について、うれしい知らせを伝えてくれました。また、あなたがたがいつも好意をもってわたしたちを覚えていてくれること、更に、わたしたちがあなたがたにぜひ会いたいと望んでいるように、あなたがたもわたしたちにしきりに会いたがっていることを知らせてくれました。それで、兄弟たち、わたしたちは、あらゆる困難と苦難に直面しながらも、あなたがたの信仰によって励まされました。あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです。

私がとりわけ心を打たれるのは、今読みました最後のところ(8節)です。「あなたがたが主にしっかりと結ばれているなら、今、わたしたちは生きていると言えるからです」。テサロニケの教会が、パウロが去ったあとも、「主にしっかりと結ばれている」と、そう訳されている言葉は、これも前回の説教でも同じことを言いましたが、原文を直訳すれば「あなたがたは、主の〈中に〉立っている」という表現です。あなたがたは、キリストの外になんかいない。キリストの〈中に〉、しっかりと足をつけて立っている。しかもその事実が、パウロたち伝道者の生き死にに関わるというのです。「あなたがたが主の中にしっかりと立っているなら、見よ、わたしたちは今、生きている!」 その感謝のうちに、たとえば今日読みました第1章2節には、「わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています」と書いているのです。

■そこで、パウロが見つめているひとつのことは、「教会とは何か」ということであります。「教会とは何か」。私がこの手紙を通して、皆さんと一緒に学び直したいと願っていることも、このことなのです。「教会とは何か」というよりも、少しきざな言い方になってしまうかもしれませんが、「教会のいのちとは何か」と言った方がよいかもしれません。教会のいのち、教会の生き死にを問うと言ってもよいのです。テサロニケの町に、教会が生まれたと言いますが、教会が生まれるって、どういうことなんでしょうか。教会が教会として生きる、それはいったい、どういうことなのでしょうか。この手紙は、たいへん生き生きと、そのことを私どもに教えてくれていると思うのです。
 パウロたちは、主に導かれるままに町から町へと旅を続けました。どの町でもキリストの福音を語り、その結果として、主を信じる者が起こされていく。キリストの教会が生まれていく。そのことを、パウロは一方では、たいへん誇らしく思っていたようです。先ほど読みました第3章の直前、第2章の19節以下ではこう言うのです。

 わたしたちの主イエスが来られるとき、その御前でいったいあなたがた以外のだれが、わたしたちの希望、喜び、そして誇るべき冠でしょうか。実に、あなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、喜びなのです。

いつかわれわれは、再臨の主イエスにお会いすることになる。そのとき、わたしはひとりの伝道者として、イエスさまのみ前であなたがたのことを誇らしい思いで紹介させていただこう。ご覧ください、イエスさま、テサロニケにはこんなすばらしい教会が育ちましたよ。「実に、あなたがたこそ、わたしたちの誉れであり、喜びなのです」。いつか私も主イエスのみ前で、皆さんのことをこのように紹介することができたら、こんなにすばらしいことはないと思っております。
 けれども他方で、パウロという人がよく知っていたことは、教会は決して、人間の手によって造られることはないということです。教会が生まれるのも、教会が生きるのも、すべては神のみわざでしかない。だから第1章2節では、「わたしたちは、祈りの度に、あなたがたのことを思い起こして、あなたがた一同のことをいつも神に感謝しています」と、教会の存在そのものについて、これは神にお礼を申し上げなければならないことなのだと言うのです。それと同じことを第1章の4節では、「神に愛されている兄弟たち、あなたがたが神から選ばれたことを、わたしたちは知っています」と言います。あなたがたを選んでくださったのは神だ。人間的に見れば、いつ消えてなくなっても不思議じゃない、弱小集団であります。けれどもこの教会は、神に選ばれて、ここに生きている。事実、教会というのは、神の選び以外に何の命綱も持たないのです。その事実を、信仰的に正しく受け止め直したいと願っているのです。

■今年の3月に、「教会とは何か」という題で説教をしたことがありました。今年の3月というのはつまり、世間を騒がせている新型ウイルスのために、私どもの教会もまたさまざまな対策を始めなければならなくなった、その3月にした説教の中で、1937年のドイツで語られた神学者の言葉を紹介しました。1937年、既にヒトラーが大きな力を持ち始めていた時に、非合法の「牧師研修所」と訳されるような場所で語られた説教学の講義です。その最初のところで、こういうことを言います。いつか、教会がなくなってしまう日がくるのではないか。制度としての教会、秩序としての教会が生き残ったとしても、本当の意味でのイエス・キリストの教会が、いつか根絶される日が来てしまうのではないか。
 私がこの神学者の文章を初めて読んだときに、本当に衝撃を受けたのは、「教会が没落することもあり得る。教会が没落することなどないなどと言い張ることは、褒められた話ではない」と言い切っていることです。「いやいや、教会がなくなるなんて……」。最初私は、文章を読み間違えたか、あるいは翻訳が間違っているのか、それともこの神学者の信仰が間違っているのかと思いました。皆さんは、どのようにお考えになるでしょうか。
 私どもの教会も、もう半年近く、礼拝の動画配信を中心に、何とか礼拝の生活を守っているかに見えますけれども、いろんなことをやめてしまっていることも事実です。皆さんの中で経験のある方はよくお分かりになると思いますが、入院をする、手術をするというようなことがありますと、ほんの一週間ベッドに寝ているだけで、どんなに健康な人であっても、いざ立ち上がろうとすると足腰が立たないということが起こります。何日か寝ていただけなのに、わずか数メートル先のトイレまで歩いていくことさえできないという、そういう経験を持っている方もあるでしょう。この教会も、礼拝堂に集まることさえ制限しながら、そのことを悲しむ一方で、礼拝堂に行かないこと、奉仕をしないこと、伝道をしないことに慣れてきているという面もあるかもしれません。いつの間にか、教会の足腰は弱ってしまっているのではないか。このまま、1年たち、2年たち、いつかこのウイルス騒ぎが収束したときに、いざ立ち上がろうと思ったら、思いのほか弱り果て、自分の足で立てないような教会の姿があらわになってしまうのではないか。いや、それどころか、実は一日一日、既にこの鎌倉雪ノ下教会は静かに息を引き取り始めているのではないか。そういう危機感を抱く人は、決して少数ではないと思います。
 そのような教会の歩みを強いられながら、少なくとも私が、3月の初めから何度も繰り返したひとつの言い方は、「み言葉の力を信じよう」ということでした。たとえ日曜日の礼拝をすることができなくなったって、それでも神は教会を、ご自身のみ言葉でもって生かし、支えてくださる。神の言葉の力を信じよう。……という私の発言を、今さら訂正したり反省したりするつもりは毛頭ありませんけれども、この神学者がここで言っていることは、実は少しニュアンスが違うのです。「神のみ言葉もまた、この世界から根絶やしにされることがあり得るのだ」と、そう言うのです。なぜなら、神の言葉というのは、この世界にとって、完全に異質なものであって、自然に見つかるものではないからだ。だからこそ、神はこの世界にご自身のみ言葉を響かせるために、御子キリストをお遣わしにならなければならなかったし、ご自分の使者である教会を建てなければならなかった。神の使者が世界の中に存在することをやめたならば、その瞬間、神の言葉はこの世界に存在しなくなるのだ。言うまでもないことですが、この神学者は、神の言葉が消え果てる世界を予言しようとしているわけではありません。神の言葉がここに聞こえるのは、神の奇跡でしかなく、その神の言葉を委ねられている教会がここに存在していることもまた、神の奇跡でしかない。既に、神の言葉そのものであられるキリストが、十字架の上で殺されたのであります。そのことを、忘れることはできません。

■パウロは、そのことをよく知っていたと思います。5節では、「わたしたちの福音があなたがたに伝えられたのは、ただ言葉だけによらず、力と、聖霊と、強い確信とによったからです」と言います。「ただ言葉だけによらず」というのは、口先だけのキリスト教ではだめだとか、頭でっかちのクリスチャンでは意味がないというような話ではありません。パウロ自身、テサロニケの町において、ただひたすらに福音の言葉を語ることに集中したのです。けれども、パウロがどんなに情熱を尽くした言葉を語ったとしても、そのパウロの言葉に本当の力を与え、聖霊を注ぎ、これを強い確信の伴う言葉としてくださったのは神だ。
 しかしそれにしても、それに続く6節以下の発言は、たいへん激しいものがあると思います。

 そして、あなたがたはひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となり、マケドニア州とアカイア州にいるすべての信者の模範となるに至ったのです。

パウロはしばしば、その手紙の中で、「わたしに倣う者になりなさい」と言いました。こういうところにパウロの高慢ちきな性格がよく出ていると、批判する人もいないわけではありません。けれどもパウロはここで、何も偉そうな態度を取ってはいないと思います。ついでに言えば、ここでパウロは、「わたしに倣え」と命令しているのではなく、「あなたがたは、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となったね」と、現実を語っています。そしてパウロはそこにも、神の奇跡を見ていたと思います。
 パウロに倣い、主に倣うということは、立派な人になることではありません。6節の前半の、「ひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ」るということが既に、パウロに倣い、主に倣うことでしかないのです。その苦しみというのは、もしキリスト者にならなかったら、知らずにすんだ苦しみです。テサロニケの教会で洗礼を受けた人たちの多くは、貴婦人たちであったと、使徒言行録第17章は伝えています。新共同訳はそこのところを、「おもだった婦人たち」とぼんやり訳していますが、それじゃあさっぱり意味が分からないんで、何のことはない、お金持ちの貴婦人たちということです。突然町にやって来たパウロという人の新しい教えを受け入れなければ、テサロニケという都会に生きる貴婦人として悠々と生活できていたかもしれないのに、ひとたびキリストを知ってしまったがために、お前もあの新興宗教かと町の人には疎まれ、ユダヤ人にはつけ狙われ、しかもそこで、「あなたの敵を愛しなさい」なんて教えを受け入れたものですから、当然第1章3節にあるように、「愛のために労苦し、キリストに対する希望のゆえに忍耐する」という、労苦と忍耐をも受け入れないわけにはいかない。そういうテサロニケの人たちの生活を指して、パウロは、「あなたがたもわたしたちと同じような存在にされた、それどころかイエスさまと同じような存在にされたんだね」と言うのです。
 そのときパウロは、自分の伝道の成功を誇るような思いには到底なれなかっただろうと思います。自分のまねをして、労苦と忍耐に生きる人が生まれた。そういう人がたったひとりでもそこに生まれれば、それは既に神の奇跡でしかないと、パウロは考えたでありましょう。神が、この人を選んでくださったのだ。そこに感謝もまた生まれるのです。
 なぜ、み言葉を受け入れることが、苦しみを受け入れることとひとつになるのでしょうか。もう一度申します。神の言葉というのは、この世界にとって、完全に異質なものであって、だからこそ、神はこの世界にご自身のみ言葉を響かせるために、御子キリストを十字架へとお遣わしにならなければならなかったし、このキリストと固く結ばれた教会を建てなければならなかったのです。教会に先立って、神の言葉そのものであられるキリストが、人びとに捨てられ、苦しみをお受けになりました。この世界は、決して神のキリストを歓迎するような世界ではなかったのです。だがしかし、パウロは、このキリストに捕らえられて、神のみ言葉の使者とされたのです。テサロニケの人びとが、パウロに倣う者になったというのは、少し立派な生活をするように心がけるようになったとか、そんなちゃちな話ではありません。十字架につけられたキリストに結ばれて、自分自身もまた、神の言葉の担い手として生きるようになったということです。
 ここに、私どもの教会の立つべき場所が明確に示されていると、私は信じます。キリストの運命と、神の言葉の運命と、そして教会の運命は、ひとつに結ばれております。このみ言葉こそ、世界を救う神の言葉であると信じて、私どもも、このみ言葉を担う神の使者として、ここに立つのです。ここに、私どもの望みがあるとか、そんな小さな話をしているんじゃないんです。ここに教会が生きている。それこそが、この世界にとっての、たったひとつの望みなのです。祈ります。

 弱く、罪深い人間に、あなたはご自身の恵みの言葉を委ねてくださいました。もしあなたのみ言葉が消えたら、その瞬間に、この世界も滅びるのであります。私どもを選び、ここにあなたの教会を立たせてくださる父なる御神、どうか今新しく、私どもの存在の深みに、あなたのみ言葉を植え込んでください。主イエス・キリストのみ名によって祈り願います。アーメン

カテゴリー: 未分類 パーマリンク