鎌倉雪ノ下教会 略史

鎌倉が未だ別荘地・静養地としての面影が濃かった大正初期、この地に移り住んできた日本基督教會に属する信徒たちの間に、鎌倉の地で礼拝を守りたいとの願いが高まってきました。 1917年(大正6年)10月31日、マルティン=ルターの宗教改革400年の記念日に、東京から植村正久牧師を招いてなされた礼拝が私たちの教会の伝道の始まりであります。10月31日を「伝道開始記念日」と位置付けているのです。教会堂は未だありませんでしたが、大町名越通りの横浜海岸教会に属する一信徒宅を会場として、日曜日の午後に礼拝が行われるようになりました。
1918年(大正7年)5月12日、伝道教会の設立が認められ、当初より教会形成を援助、指導してこられた横浜海岸教会の笹倉弥吉牧師が兼任牧師として、私たちの初代牧師となられました。また、日本基督教會横須賀教会の山本喜蔵牧師の助けも得て、教会形成を始めたのです。
1920年(大正9年)10月から東京神学社教師の高倉徳太郎牧師を専任伝道者として招き、日曜午前の礼拝を守るようになります。やがて英国留学する高倉牧師と代わって留学から帰国された松尾造酒蔵牧師を主任伝道者として招聘することとなり、1921年9月に着任されました。翌1922年(大正11年)8月に日本基督鎌倉教会として教会設立が認められ、自立した歩みを始めたのです。それから1969年秋まで、48年間にわたって松尾牧師を中心にして教会の歩みを整えて参りました。1941年(昭和16年)プロテスタント諸派が合同して日本基督教団を組織し、当教会もこれに加わりました。それに伴って、鎌倉の地では私どもよりも早く設立されていたメソジスト鎌倉教会がございましたので、教会所在地の町名を付して、鎌倉雪ノ下教会と名称を改めて今日に至ります。
松尾造酒蔵牧師の後、主任牧師としては加藤常昭牧師(’69~’96)、東野尚志牧師(’97~’09)、川崎公平牧師(’10~現在)が歴任し、担任教師として多くの伝道者が仕えてこられました。現在は川崎公平牧師を中心に、川崎恵牧師(’10〜)、上野峻一牧師(’17〜)、小宮一文伝道師(’16~)の5人で共同牧会を行っています。
1922年(大正11年)の日本基督鎌倉教会設立と同時に最初の教会堂が大町蔵屋敷788(現御成町9-18、御成小学校前)に建てられました。第一会堂と呼んでおりますが、残念ながら翌1923年(大正12年)の関東大震災で焼失してしまいました。1923年(大正13年)に同地に第二会堂を再建します。
1941年(昭和16年)に雪ノ下345番地(現在地)を新たに求めて第三会堂を献堂しました。しかし、敗戦直前の1945年7月31日に教会堂強制疎開の命令により自ら取り壊さなければならないこととなりました。戦後再建された木造の第四会堂は増改築を繰り返しながら1983年まで37年間使用されましたが、礼拝出席者の増加に伴い手狭となり、建て替えをするために同年8月の最終礼拝をもって取り壊されました。1984年11月に現会堂が竣工するまでの一年余りは、カトリック雪ノ下教会の聖堂や商工会議所ホールを借用して礼拝を守り続けてきました。
建築家稲冨昭氏設計による現会堂(第五会堂)の献堂については、当教会が刊行した『神の民の家・祈りの家をここに建て』をお読み下さい。 第一会堂の写真 参照