当教会では毎月第一主日の聖餐式において、鎌倉彫で制作された聖餐容器を用いています。鎌倉のシンボル的な伝統工芸品である鎌倉彫を、教会の聖餐容器として使用している事に、私たち教会員は大きな誇りと喜びを感じています。
この作品を主に制作したのは教会員であったバート・千代さんです。この鎌倉彫の作品はいつ頃、又どのようにして生まれたのでしょうか。バート・千代さんのご息女ルビー・コーバー先生のインタヴューからまとめてみました。
千代さんは生来手先の大変器用な方でした。加えて千代さんの父親が木彫りを趣味にしていた為、千代さん自身も木彫を習っていました。1944年、家族で鎌倉に転居したのをきっかけに千代さんは56歳の頃から絵画と共に鎌倉駅西口の教室で奴田伸岳先生に師事し鎌倉彫を習い始めたのです。
ところが、千代さん72歳の頃、1972年に大腿骨骨折のため教会での奉仕の中断を余儀なくされてしまいました。当時の加藤常昭牧師は千代さん宅を訪れ、落ち込む千代さんを励まし、千代さんならではの奉仕として『鎌倉彫聖餐容器』の制作を提案されました。そして図案の参考にと信仰のシンボルを集めた図版集(当時の東ドイツ出版社のもの)を持参されたのでした。
その一つ一つの小さな写真から作品のデザインをする事には大いに苦労しながらも、千代さんは大型五段重ねのぶどう酒杯容器二つ、小型四段重ねぶどう酒杯容器一つ、病床聖餐用ぶどう酒杯容器二段重ねを二つ、大小パン皿9枚を72歳から数年をかけて制作しました。
因みに、鎌倉雪ノ下教会伝道開始70年記念誌『神の力に生かされて』の中に−1974年9月1日「この日からバート千代制作の鎌倉彫聖餐容器を使用」−との記述が有ります。
これらの作品の中で千代さんご自身が最も気に入っていたもの・・・それはペリカンの親鳥が自分の身体を傷つけ、その流れた血を雛鳥に飲ませている図案であったそうです。そして今も、ルビー先生のご自宅には千代さん自筆の下書きが遺されているそうです。
また、千代さんの夫ヨハネス・バート氏については、教会の『追悼文』バート・千代さんの頁に詳しい記載が有りますが、第一次大戦の縁により四国鳴門市板東に建てられた『ドイツ館』には、バート・千代さんの作品が納められているそうです。
鎌倉雪ノ下教会にはこの他にも鎌倉彫による献金箱があります。これも加藤常昭牧師が高梨 政さんに依頼をし、1984年に使用開始されたものです。また病床聖餐容器の袋も教会員の奉仕により製作されています。
このように、これまでもそしてこれからも、鎌倉雪ノ下教会の礼拝は祈りと奉仕に支えられながら主に連なる教会としての歩みを続けることと思います。
| 写真 | 制作 | 図案・由来 |
|---|---|---|
| 聖餐皿(大)6枚 | ||
![]() | バート千代(1974) | 嵐の中の舟。聖書の中にはノアの箱舟を始め、あちこちに「舟」が出てきます。特に福音書にはイエス様の伝道の背景、道具として良く出てきます。例えば「嵐をしずめる」(マタイ8:24)「湖の上を歩き、風を静める」(マタイ14:22-33)はいずれも舟の上で怖じ惑う弟子たちを励ましたり、叱ったりします。教会は世の荒波、風に脅かされる時も、イエス様の乗られた舟のような確かな避け所でもあります。舟の中心には十字架のマストがしっかりと立っています。WCCのシンボルを連想した方も多いのでは(リニューアル前の方がよく似てました。それはNCCのホームページでみられます。)。 |
![]() | バート千代(1974) | 月桂冠(月桂樹の枝で作った冠)とキリスト聖組字(the Sacred Monogram)。古代ギリシャ、ローマにおいて競技や戦いの勝利者には冠が送られました。
「あなた方は知らないのですか。・・・あなた方も賞を得る様に走りなさい」(1コリント9,24) 「死に至るまで忠実であれ。そうすればあなたに命の冠を授けよう」 (黙示録2,10) 「冠」は血を流されたキリストの「守りと永遠」の象徴でもあります。 |
![]() | バート千代(1974) | 百合十字。十字架は言うまでも無くクリスチャンのシンボルとしての原点です。十字架は人類の信仰のシンボルとして一番古いものとも言われており、4世紀頃からのキリスト教美術の中で色々な形で使われてきました。 「百合十字」は「足(動物の前足)十字」と呼ばれているものの変形の一つで、フランク王国の歴史(聖ヨハンナ、ブルボン)と関係があります。「百合」は「純潔と神の愛」のシンボルです。百合十字とその派生のシンボルは特にフランス語圏に多く見られます。 |
![]() | バート千代(1974) | 葡萄の樹と聖餐n。「私はまことのぶどうの木、私の父は農夫である。」(ヨハネ15:1) に表されているように、ぶどうの木はキリストそのものであり又キリストと共に生きる命の共同体を表します。旧約聖書ではぶどうの木は「平安と祝福」(民数13,24;列王上5,5)を表します。又「神の民」(詩篇80)のシンボルでもありました。真ん中の十字架の頭は把手の様なものが付いていますが、これは十字架とキリストを表す「ΧΡ」を図案化したΧΡ聖組字の一種です。古くは2世紀頃からのものも残っています。 わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。(ヨハネ15:5) |
![]() | バート千代(1974) | 錨十字と魚。十字架はキリスト教信仰が公に認められるまでのカタコーム(地下墓所)潜伏時代は、隠された形で表現されてきました。その一つが「錨」の形をしたもので、ローマ初期キリスト教時代(2−3世紀頃)のものも残っています。「錨」はクリスチャンの「希望」を表します。わたしたちが持っているこの希望は、魂にとって頼りになる、安定した錨のようなものであり、また、至聖所の垂れ幕の内側に入って行くものなのです。(ヘブライ6:19) また錨の先が釣り針になり魚と一緒に表されることもあります。ギリシャ語で「魚(ΙΧΘΥΣ, I Ch Th Y S )」は Ιησους Χριστος Θεου Υιος Σωτηρ
(イエス、キリスト、神の 子、救い主)の夫々の頭文字をとったものを表し、ローマのカタコンベ(お墓)にも「魚」の文字が残っています。「錨」と同様「魚」は初期キリスト教信仰の隠れシンボルの一つです。 |
![]() | 中口史恵(1986年頃) | 棕櫚の十字架、あるいは命の木。聖書の翻訳によっては「ナツメヤシ」。「棕櫚の木」は義と信仰(詩篇1:3; 92;13)のシンボルです。 「悪い実を結ぶよい木はなく、また、よい実を結ぶ悪い木は無い。木は夫々その結ぶ実によって分かる」(ルカ6,43) また「棕櫚の枝」(ヨハネ12,13; マタイ21,8; 黙示録7,9)などに見られるように、来るべき王を褒め称える小道具としてつかわれています。この絵柄は実のついた4本の棕櫚の木を組み合わせて十字架に仕上げています。 |
| 聖餐皿(小)6枚 | ||
![]() | バート千代(1978/5) | 孔雀。「孔雀」の肉は伝説によると腐敗しないと言われており、古キリスト教美術では「不死」の象徴とされてきました。キリストが現れる前の古代世界では、「孔雀」は女神ユーノー(ギリシャ神話のヘラ)に例えられていました。後代には「虚栄心」の比喩としても使われたり、古代社会では好まれた題材でしたが時代が下がるにつれ余り使われなくなりました。6−7世紀頃のものが残っています。 |
![]() | バート千代(1978/5) | 鷲。鷲はキリストによって与えられる「新たなる力と若々しい命」のシンボルです。主に望みをおく人は新たな力を得 主はお前の罪をことごとく赦し 鷲は又「キリスト」そのものを表し、「昇天のイエス」に模すこともあります。鷲がその爪で蛇を捕らえるように、キリストはこの世の罪を滅ぼすからです。中世以降、鷲の紋章が諸侯国で使われるようになりました。現在でもドイツやアメリカの鷲は有名です。福音書家ヨハネの象徴としても用いられます。 |
![]() | バート千代(1978/5) | ペリカンと雛鳥。「ペリカン」は「犠牲の愛」のシンボルです。2−4世紀の古代世界の伝説によると飢えと渇きのために死に掛かった巣の中の雛鳥たちを救うために、親鳥は自分の心臓から突付き出した血を飲ませたといわれています。火の中に飛び込み燃えた灰の中から再びよみがえった「フェニックス」伝説と同根のものです。古くから近世に至るまで広く愛された題材の一つです。 |
![]() | バート千代(1978/5) | 聖霊(鳩形)。他のトリと違ってニンバス(光背)がついています。これは「鳩」を下向きにして見ます。イエス様がヨルダン川でヨハネから洗礼を受けた時にイエスは洗礼を受けると、すぐ水の中から上がられた。そのとき、天がイエスに向かって開いた。イエスは、神の霊が鳩のように御自分の上に降って来るのを御覧になった。(マタイ3:16) によります。キリスト教美術では昔から聖霊を表す場合に鳩をシンボルとして使用していますが、聖霊は天から降下したということを表すために下方向にして見る訳です。神話では生命、星座、潮汐の循環を円で表しました。キリスト教では二重環で宇宙を表し、創造主である神の完全性、永遠性、不可知性を表しています。 他、マルコ1:10 ルカ3:22、ヨハネ1:32 |
![]() | 高梨政(1986) | 百合十字 |
![]() | 中口史恵(1986年頃) | 棕櫚。「棕櫚十字」参照。神に従う人はなつめやしのように茂り |
聖杯重(大2、中1)
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![]() | 40穴5段=200客 バート千代(1977) | 茨の冠にΙΗς(Ιησουςイエースースの頭三文字イオタ、エータ、シグマ)とラテン十字(馴染み深い、縦の方が長い十字架)の聖組字。ローマキリスト教時代にIHS(またはJHS)とラテン語化され、Jesus Hominum Salvator(イエス 救い主 祝福者)の意味をも持たせています。中世にはジェスイット教団(イグナチウス・デ・ロヨラとフランシスコ・ザビエルで有名な「イエズス会」)の徽章として使われ、その後カトリック教会でも広く使われるようになりました。 |
![]() | 40穴5段=200客 バート千代(1984) | 蔓の七芒星にΧ(Chi)とギリシャ十字(縦横の長さが等しい十字)との聖組字。 もともとはイエス・キリスト(Ιησους=Jesus, Χριστος=Christ)を表すギリシャ語の頭文字二つ「Ι」と「Χ」と「十字架」を組み合わせたものです。その他、イエスを表すのにIC、IHC(シグマのローマ字化はSの他にCのこともあります)、キリストをΧ、ΧΡ、XCと表すこともあり、それらを組み合わせた聖組字があります。 七芒星は、原図では聖書的(数秘術的?)完全数(数学的完全数とは別物)である7にちなんだ七つのなにかをあらわしていたはずですが、それがなにかは判りません(賜物とか封印とか大罪とか、「七つの○○」はとにかく沢山あるんです)。 |
![]() | 19穴4段=76客 バート千代(1974) | 命の木の十字架 主なる神は、見るからに好ましく、食べるに良いものをもたらすあらゆる木を地に生えいでさせ、また園の中央には、命の木と善悪の知識の木を生えいでさせられた。(創世記2:9) |
病床聖餐用 聖餐携帯重(大、小)![]() | ||
![]() ![]() | バート千代(1974) | エルサレム十字。大きなギリシャ十字の四隅に小さなギリシャ十字を配した、十字軍の旗印になった紋章。 |
![]() ![]() | バート千代(1978/5) | 百合をバックにラテン十字。 |
| 献金重 | ||
![]() ![]() | 高梨政(1984) | 葡萄蔓に讃美・感謝 |
撮影: 佐藤 知道
取材・執筆: 村木久美・藤田明子
解説: 藤田達雄・上木正暁
ギリシャ語監修: 瀬谷寛
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